哲学 2010年度 (水1後期)
「西洋哲学の根本問題とその歩み」
【科目の系列】 教職科目
【年次】1年次 【学期】後期 【単位】2単位
【講義の目的】
哲学の方法と根本問題を、身近な実例を用いた論理の演習と、代表的哲学的著作の講読を通じて学ぶ。
第1に、考える方法、すなわち論理の構築の仕方と、その実践を学ぶ。論理の組み立てについて基本的な知識を学び、演習問題を試みて哲学的思索の方法に触れよう。
第2に、プラトン(前428/427-前348/347)の著作『国家』を読む。「西洋の哲学史はプラトンの著作に対する一連の脚注に過ぎない」とも言われるが(アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド:1861-1947)、本講義では、哲学のみならず教育学や政治学等の場においても現代に大きな影響を及ぼし続けるプラトンの『国家』を読むことによって、具体的な哲学的・論理的思考の場を体験すると同時に、約2400年の長きにわたって人類の思想の歴史を形成してきた哲学の根本問題について学ぶ。
第3に、プラトンの思想が後の哲学史に及ぼした影響を中心に、西洋哲学史の流れを概観する。
なお、この講義は本年度から新たに始まった教職課程の「教科に関する科目」のひとつとして開講されるが、単なる哲学史の知識の授受という枠を越えて、教師たる者にとって必須の「ものごとを考えること」を学び、かつ実践すべく行うものである。もとより、「手軽に分かりやすく習得できる手立て」など存在しない。講義では多少なりとも専門的な議論にも踏み込んで話をするが、きちんと出席し、教科書や配付資料を何回も読んでよく勉強して欲しい。
【講義計画】
第1部 哲学=考えること
【第1回】「哲学」とは何か?
哲学とは考えることである。何かを考えている限り、人は哲学をしている。しかし同時に、正しい仕方で考えているか、何らかの間違い(誤謬)によって迷い道に入り込んではいないか、こうした吟味が常に必要である。講義では、考えることの意味と、その方法としての論理の必要性について講述する。
【第2回】「ものを考える」ということと、その方法
ものを考える方法には、どのようなものがあり得るのだろうか。自分の考えを表明するというのは、ただふとした思いつきを気持ちの向くままに語ることではない。そこに論理がなければ、他人に納得して聞いてもらうことはできない。講義では、いかにして「論理的」に考えるか、実例を通じた練習を行う。
第2部 哲学では何をどのように考えるのか
【第3回】プラトン『国家』第1巻
今回からプラトン著『国家』をもとにして、哲学的思索の方法を学ぶ。何が正しい行為であるかをめぐって議論を進める中で、そもそも〈正しさ〉とは何であるかを知らなければ、なにが正しいかを判定することはできないという主張がなされる。講義ではこの主張について吟味する。
【第4回】プラトン『国家』第2〜4巻(その1)
人間の魂の正しさを、ひとつの国家の正しさになぞらえて議論は進む。では、国の守護者(統治者)を育てるには、どのような方針が必要か。ここでは音楽・文藝と体育による初等教育の在り方が唱えられ、守護者となるべき人物の選抜とその生活について説かれる。講義では、こうした議論の真意について考察する。
【第5回】プラトン『国家』第2〜4巻(その2)
人間の魂は、理性、気概、欲望の3つの部分から成っている。人間(あるいは国家)は、それらの適切な制御関係によって、ふさわしいものとなっていく。そのためには4つの徳(知恵、勇気、節制、正義)が必要である。これら4つの徳をいかにして備えるか。これを不正(悪徳)の問題との対照によって考察する。
【第6回】プラトン『国家』第5〜7巻(その1)
国家を理想的に構築するためには、哲学者が国家を統治すべきだと提案されるが、そもそも「哲学者」とはいかなる存在であるのか。ここでは、人間は何を知り、何を求めようとする存在なのか、またその結果として得られるものは確固たる知識なのか、単なる思惑なのかという観点から考察する。
【第7回】プラトン『国家』第5〜7巻(その2)
人間が学ぶべき最大のものは〈善〉である。〈善〉そのもの(イデア)について、3つの比喩(太陽、線分、洞窟)を用いた説明が試みられ、イデア論の表明と哲学的認識の在り方が説かれる。講義では、こうした比喩によってプラトンが表わそうとした、真の意味での「認識」というものについて考察する。
【第8回】プラトン『国家』第5〜7巻(その3)
かくしてあるべき教育の姿とは、人間の魂をふさわしい方向(〈善〉のイデアの哲学的認識)へと向け変えることに帰着する。そのための課程として準備的学科(数学、幾何学、天文学、音楽理論)を経た哲学的問答法が提唱される。講義では「向け変え」の意味と教育プログラムの内実について考察する。
【第9回】プラトン『国家』第8〜9巻(その1)
魂と国家の類比から考えると、不完全な国家にはそれに対応した不完全な人間の姿が存在する。幸福という観点から見れば、一人の優れた人物が支配する国制(すなわち哲学者の生)が最も幸せであることになる。その場合の、不正な生と正しい生の在り方を魂の3区分説に基づいて考察する。
【第10回】プラトン『国家』第8〜9巻(その2)
『国家』では、不正ではなく正義が人間を幸せにすると結論づけているが、その場合、正しい生き方をする人間(哲学者)には、いかなる快楽があるのだろうか。快楽と苦しみとの差はどこから生じてくるのだろうか。こうした問題を、真の快楽と偽りの快楽という観点から考察する。
【第11回】プラトン『国家』第10巻(その1)
理想的な国家を構築した後になってみると、いわゆる詩歌・演劇の類は、真理からほど遠く、また魂の悪しき性向を増長させるが故に、魂を正しく向け変えるという点でははなはだ不都合な代物である。ここで言われる詩歌・演劇の本質とはいったい何であろうか。プラトンの真意を考察する。
【第12回】プラトン『国家』第10巻(その2)
正義こそが人間を幸福にするとなった今、そのような生を選択しえた者に与えられる報酬に言及するため、プラトンはひとつの神話を語り始める。だが、なぜ哲学的著作が一篇の神話で締めくくられるのだろうか。人生の選択が現世の益・不益を左右すると言うだけに留まらない、プラトン思想の射程の深さを考察する。
第3部 問題の継承(西洋哲学史の概観)
【第13回】プラトン以降の西洋哲学史(その1):古代・中世
プラトンが『国家』という著作で表したイデア論という思想が、その後の哲学史に受容されてきた過程を学ぼう。まずはプラトンのイデア論を、古代のアリストテレスの思想と対比し、さらに中世のアウグスティヌスとトマス・アクィナスの考え方を対比して、存在に関する西洋思想の歴史を講述する。
【第14回】プラトン以降の西洋哲学史(その2):近世・近代(15世紀〜18世紀)
ルネサンス以降、哲学は人間の認識の働きに関心を寄せるようになってきた。フィチーノ、クザーヌス等の考え方を概観した後、認識に関するフランシス・ベーコンとデカルトの思想、さらにこれらを統合して人間の認識への批判へと高めたカントの哲学について講述する。
【第15回】プラトン以降の西洋哲学史(その3):近代・現代(19世紀〜現代)
近世哲学を弁証法という形で集大成したヘーゲルの哲学と、それ以降の思想家達について講述する。とりわけ20世紀以降、ベルグソン、メルロー=ポンティ等を始めとしてフランスで高まってきた身体への関心と、その問題点を考察し、現代が抱える哲学の課題について講述する。
【受講に当たっての留意事項】
講義時数3分の1を超えて欠席した者には、期末試験の受験資格を認めないので注意すること。
【教科書】
プラトン 『国家』 上・下巻 藤澤令夫 訳、岩波文庫、1979、2008改版
(上巻と下巻、両方とも購入すること。)
【参考書】
野矢茂樹 『新版 論理トレーニング』 産業図書、2006
内山勝利・中川純男 編著 『西洋哲学史 古代・中世編』ミネルヴァ書房、1996
宗像恵・中岡成文 編著 『西洋哲学史 近代編』ミネルヴァ書房、1995
その他、講義中に適宜指示する。
【成績評価の方法】
講義中に課す課題の成績(40%)、及び期末試験の成績(60%)によって評価する。
(c) Motoaki Kato, 2010
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